今朝会社へ向かうのに家を出たら、セミの抜け殻が家の外に落ちていた。
世間はもう7月に入って完全に夏っぽい。
今年はちょうどいいときに子猫を我が家にお迎えしたので「われわれ人間が暑いのでエアコンをつけている」ではなく「猫に気を遣ってエアコンをつけている」状態がしばらく続いた。
だんだん「われわれ人間も暑いのでエアコンがついている」状態へ移り変わっていく様もグラデーションだったので、余計に夏になった感覚というのが希薄だ。
ところで今日図書館へ行ったら去年の夏の図書館の匂いと同じ匂いがした。
季節の匂いとはそうそう変わるものではないが(というか比べられないので覚えていないだけかもしれないが)、夏の匂いと言ったら夏が到来するより前は去年の夏の匂いを思い出すものだ。
しかし今日図書館へ行ったら、夏の図書館の匂いがしたため「あぁこれは夏なのかもしれない」と認識する。
今朝のセミの抜け殻、それから図書館の匂いの更新、この2点によって、やっと十分に夏である認識へと移行することができた。
人はいつ夏を感じるだろうか。
チープなホラー映像の特番を見たくなったときか。かき氷を食べたくなったときか。セミの鳴き声を聞いたときか。
季節を感じる材料はそこらじゅうにあふれている。
空の高さを感じたり、雲の分厚さが変わったり、鳴いている虫の声が変わったり、ベンチの高校生がアイスを食べたりホットコーヒーのペットボトルを大事そうに抱えていたり…
とにかく季節の感覚の乏しいつまらない大人にはなりたくない。暑さの故にエアコンをつけているのか、何か理由があってつけているのか、季節の境があいまいにぼやけてしまうようなつまらない日常を送りたくない。